日本のテック系カンファレンスには、優秀な教授やエンジニアが数多く登壇します。しかし、会場を後にするビジネスリーダーの多くは、「すごい内容なのは分かる。でも正直、よく分からなかった」と感じています。重要なタイムラインが読めず、フォントが小さく、スライドが情報で埋め尽くされていると、日本企業や外資系企業の有能な意思決定者でさえ、何が重要なのかをつかみきれません。
本記事では、退官した大学教授の講演という実例をもとに、高度な技術テーマを「分かりやすく、記憶に残るストーリー」に変える方法を整理します。グローバルなリーダーシップ・セールストレーニングのリーダーであるデール・カーネギーの原則に基づき、日本のテック系スピーカーが「専門性への尊敬」だけでなく、「実際のビジネス意思決定への影響力」を獲得するためのポイントを解説します。
ある技術系カンファレンスで、退官した大学教授が最新技術について講演しました。研究者としては世界レベルと言ってよいほど優秀でしたが、聴衆の多くは同じような学術的バックグラウンドを持っていません。その結果、数分もしないうちに多くの参加者が「ついていけない」状態になってしまいました。
特に問題だったのは「将来ビジョン」を示すタイムライン・スライドです。技術の発展プロセスを年表形式で示した極めて重要なスライドでしたが、デザインは美しいものの、フォントは小さく、色が多すぎ、構成も複雑でした。聴衆から見ると「何が書いてあるのかほとんど読めない」状態で、本来伝えたかったメッセージはまったく届いていませんでした。
これは典型的なパターンです。専門家は、自分の研究やモデル、データに強い愛着を持っています。一方で、「分かりやすく伝える」ことは後回しになりがちです。R&D主導の日本企業や高度に専門化した外資系企業では、「エンジニアは情熱的だが、聴衆は点と点をつなげられない」というギャップが頻繁に起こります。
デール・カーネギーの原則で言えば、「相手の関心事の立場から話す」ことができていない状態です。教授は自分の頭の中のモデルから話しており、経営企画、営業、事業責任者などが「どう理解し、どう意思決定すべきか」という視点が抜け落ちていました。
Mini Summary: 専門家が非専門の聴衆を失う最大の理由は、「自分の視点」で話し、「相手の視点」に立っていないことにあります。どれほど優れた研究でも、聴衆の世界に翻訳されなければ存在しないのと同じです。
多くの日本のテック系スピーカーは、「知っていることをすべて1枚のスライドに詰め込む」という同じ失敗をします。複雑なタイムラインを1画面に押し込み、長年の研究成果や膨大なデータを、1枚のスライドにギュッと詰め込もうとしてしまうのです。
先ほどの教授のタイムライン・スライドもまさにその典型でした。技術の未来ロードマップを一望させようとした結果、フォントは極端に小さく、色の種類も多すぎて、情報が「ごちゃごちゃした模様」にしか見えません。東京の本社で意思決定を担う役員や、法人営業のマネジャー、経営企画のメンバーが参加している場で、これは非常に大きな問題です。スライドが読めなければ、「投資すべきか」「リスクは何か」「どこにチャンスがあるのか」といった戦略的メッセージは決して相手に届きません。
より良い方法は、タイムラインを複数枚に分割することです。最初のスライドでは全体像をシンプルに示し、次のスライドで重要な期間(例えば今後12〜24カ月)だけを大きなフォントと少ない色で拡大表示します。あるいは、全体のタイムラインを薄く背景に残したまま、注目すべきセグメントだけをスポットライトのように強調してもよいでしょう。詳細な情報は、配布資料やレポートに任せ、プロジェクター画面には「本当に伝えたい要点」だけを映すべきです。
デール・カーネギーの観点からも、スライドは「会話を支える道具」であるべきです。1枚のスライドには1つのメッセージ。フォントは大きく、配色はシンプルに。目的は「たくさん仕事をしたことを証明する」ことではなく、「聴衆に理解してもらい、次の行動につなげる」ことです。
Mini Summary: フォントが小さく情報過多なスライドは、理解力を一気に奪います。1スライド1メッセージ、大きな文字、シンプルな配色で、意思決定者が一目で要点をつかめるようにデザインしましょう。
多くのエンジニアや研究者は、「内容を簡単にしすぎるとレベルが下がってしまう」と心配します。そのため、抽象的で専門用語だらけの説明になり、経営企画、東京の法人営業、外資系企業のマネジメントなど、非専門のステークホルダーには自分ごととして捉えにくい内容になってしまいます。
ここで力を発揮するのが「アナロジー(例え話)」です。たとえば、教授の講演であれば、こんな例えが使えたかもしれません。「この技術ロードマップは、ジェラートのフレーバーのようなものです。いくつもの味(技術オプション)があり、実際に食べてみるまで、どれが一番人気になるかは分かりません。」この一言があるだけで、「不確実性を前提に、いくつかの選択肢を試しながらポートフォリオで考える」というメッセージが、一気にイメージしやすくなります。
アナロジーは決して内容を薄めるものではありません。聴衆がすでに知っている世界から、まだ知らない世界へ橋をかける役割を果たします。デール・カーネギーの原則に沿えば、まず「相手の枠組み」に寄り添い、そこから少しずつ専門的な領域に案内していくことが大切です。リスクや曖昧さを嫌う傾向のある日本のビジネス文化において、良質な例え話は不安を和らげ、前向きな議論を引き出す力があります。
Mini Summary: アナロジーは「レベルを下げる」ものではなく「橋をかける」道具です。身近なイメージと結びつけることで、非専門の聴衆にも技術のリスクや選択肢、メリットを直感的に理解してもらえます。
教授の講演は、理論・モデル・データにほぼ全ての時間が割かれていました。一方で、「人の物語」はほとんど語られませんでした。その技術の誕生には、研究者の試行錯誤や挫折、思いがけない発見があったはずですが、それらは聴衆に共有されませんでした。その結果、「科学の骨組み」はあっても、「肉」がついていない、味気ない印象のプレゼンになってしまったのです。
映画やドラマで複雑な科学がどう描かれるかを思い出してみてください。ほとんどの場合、数式から始まることはありません。主人公となる研究者やエンジニアの視点から、失敗・学び・成功のストーリーが描かれます。そのストーリーが、情報をつなぐ糸の役割を果たしているのです。
今回の講演でも、多くの参加者が「技術に関わった重要人物の名前すら覚えていない」という状態で会場を後にしました。これはまさに、デール・カーネギーが指摘する「人は事実ではなく、物語を記憶する」という現象です。ストーリーは、「誰が」「何を」「いつ」「どこで」「どうしたか」という流れで構成され、これがあるからこそ、複雑な情報も記憶に残ります。
日本のテック系スピーカーにとって大切なのは、意識的に短くても良いのでストーリーを織り込むことです。たとえば、ある日本メーカーの現場で起きた思いがけない活用例、開発が行き詰まった後に生まれた新しいアイデア、東京本社の決裁プロセスを変えるきっかけになった失敗事例などです。ストーリーは科学を薄めるのではなく、「人間味」を加えることで、聴衆の記憶に残る形に変えてくれます。
Mini Summary: ストーリーテリングは、情報をつなぎとめる「接着剤」です。技術プレゼンにも短い人間ドラマを組み込むことで、抽象的なデータが「記憶に残るメッセージ」に変わります。
次の技術プレゼンを変える第一歩は、「この聴衆に、終わった後どう考え、どう感じ、どう行動してほしいか?」を明確にすることです。これはまさに、デール・カーネギーが大切にしている「情報を伝えるだけでなく、協力的な行動を引き出す」という発想そのものです。
そのうえで、次のようなチェックリストが有効です。
· 今回の聴衆に対して伝えたい「メインメッセージ」を1つに絞る(例:「この技術は、今から投資すれば3年後には事業化の目処が立つ」)。
· スライドは1枚1メッセージにし、大きなフォントと少ない色で構成する。
· タイムラインなど複雑なビジュアルは、複数枚に分けるか、重要部分だけを拡大表示する。
· 詳細なデータは配布資料やレポートに任せ、画面には要点だけを出す。
· 少なくとも1つの強いアナロジーと1つの短いストーリーを入れ、実際の顧客や現場、組織の意思決定プロセスとのつながりを示す。
· 技術系ではない同僚(営業、人事、財務など)にリハーサルを聞いてもらい、「何を理解したか」「どんな行動をとりたくなったか」を率直にフィードバックしてもらう。
このような工夫は、専門性を下げるどころか、むしろ専門性の価値を最大限に引き出します。相手の立場を尊重し、分かりやすく、行動につながる形で伝えることこそ、デール・カーネギーが強調する真のプロフェッショナル・コミュニケーションです。
Mini Summary: まず「聴衆にどう行動してほしいか」を定め、スライド・アナロジー・ストーリー・配布資料をその目的に合わせて設計しましょう。非専門の同僚のフィードバックを通じて、実際に行動を引き出せるプレゼンに磨き上げることができます。
高度な専門性を持つ日本のテック系スピーカーは、多くの場合、内容そのものは素晴らしいにもかかわらず、「非専門の聴衆には理解されていない」というジレンマを抱えています。スライドの設計を見直し、アナロジーを活用し、ストーリーテリングを取り入れることで、複雑な技術を「分かりやすく、説得力のあるメッセージ」に変えることができます。デール・カーネギーの原則に沿って、「情報を並べる」のではなく、「理解・信頼・行動を生み出す」プレゼンテーションを目指しましょう。
Key Takeaways:
· 専門性だけでは不十分であり、特に非専門の意思決定者に向けて「相手の視点から構成された話」が欠かせない。
· シンプルでフォーカスされたスライドと適切なアナロジーがあれば、日本企業でも外資系企業でも、複雑な技術やタイムラインを一気に理解しやすくできる。
· 短くても具体的なストーリーを織り込むことで、聴衆の記憶にメッセージが定着し、実際の投資・戦略・イノベーションにつながる行動を引き出せる。
デール・カーネギー・トレーニングは、1912年に米国で創設され、100年以上にわたり世界各国でリーダーシップ、セールス、プレゼンテーション、コミュニケーション、エグゼクティブ・コーチング、そしてDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)の分野で個人および企業向けの研修を提供してきました。
東京オフィスは1963年に設立され、日本企業および外資系企業、さらには個人の方々の成長もサポートし続けています。単なるスキルトレーニングではなく、組織文化の変革やリーダーとしての成長を後押しすることで、ビジネスの成果につなげます。
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